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出口戦略へ① ブースター接種

以下の記事は第5波の収束後にそれまでに得られた分析をふまえ、中長期的な感染抑制を見据えた出口戦略として分析結果をまとめたものです。以下では特にワクチン接種に関する方策についての当時の見解が示されています。

はじめに

現在、国内では第5波が収束し、感染状況は比較的落ち着いている。一方で、中長期的に経済活動を回復させ、感染再拡大を防ぐ方策の検討が引き続き求められるところである。

第5波の収束には、ワクチン接種、リスク行動の回避、マスクや3密の回避などの基本的感染防御の徹底、さらに季節的要因などの複合的要素があったと考えられる。同時に、今までの感染拡大・収束局面との根本的な違いはワクチン接種の急速な進展であり、従来の収束局面での下げ止まりレベルより遥かに低い水準まで感染を抑え込むに至っている。海外に比べて接種開始が遅れたものの、6月から1日100万回以上のワクチン接種を約3ヶ月間継続した結果、10/20現在、ワクチンの対総人口での接種率は1回目76%強、2回目68%強に達している1

一方で、今後の再拡大を防ぐために総人口に対する接種率をどこまで引き上げるべきか、またワクチン効果の経時的減弱を考慮したブースター接種の時期をどうするかといった点については引き続き議論が行われている。

本AI・シミュレーションプロジェクトでは、多角的な観点から検討を行うため、複数の研究者が様々な手法やモデルを用いて、類似の前提を置いたシナリオに対し、分析を行っている。上記のような論点について得られた分析結果を以下に示す。

※なお、本件は研究者による試算結果やシミュレーション結果であり、国としての公式見解ではありません

1 再拡大を防ぐワクチン接種率

  • 総人口に対しワクチン接種率80%以上で行動制限を続ければ大きな再拡大は起きにくい
  • より大幅な行動制限撤廃には総人口に対しワクチン接種率は少なくとも85%以上(12歳以下を接種対象としないならば、12歳以上で90%を超える接種率)が必要

緊急事態宣言が解除され、コロナ前ほどではないものの人流は活発化しつつあり、年末にはこの傾向が強まると考えられる。また、ワクチンの効果は経時的に減弱することが指摘されている2。 ワクチンの効果には、感染防御、発症予防、重症化予防の3段階の予防効果が期待されるが、感染防御と発症予防効果には、血中のIgG抗体が関わっておりその低下がこれらの効果の減弱に結びついていると考えられる。重症化予防に関しては、IgG抗体のみならずB細胞とT細胞による免疫記憶が重要な役割を果たしており、IgG抗体の血中量が低下した場合においても、感染後にB細胞が迅速に抗体産出を行うと同時にウイルスに感染した細胞を排除するキラーT細胞の働きなどで重症化を阻止する。このため接種後にIgG抗体の値が下がってきて感染予防効果が低減しても、重症化予防効果の低下が感染防御効果に比べて限定的なのはこのような免疫機構によるものである。 重症化予防効果と同時に感染防御効果も重要視してシミュレーションを行なっている。これは、ワクチンを接種していない人々やワクチンを接種しても免疫不全や基礎疾患により依然高いリスクにある人々へのリスクを低減させることが重要であるからである。それには、ワクチン効果の減弱(特に発症予防と重症化予防の減弱)を見込んで全体の感染状況を抑え込む手段が必須と考えるからである。このような状況変化を見据え、今後の再拡大を防ぐためにはどの程度のワクチン接種率が求められるのだろうか。 図1は、昨年同等に年末に人の往来が活発化する(接触機会の増加)と想定した際の分析である。ワクチンの抗体効果の経時的な減弱を考慮し、ワクチンの対総人口での最終接種率が70%, 75%, 80%, 85%であった場合についてシミュレーションを行ったものである。 この分析からは、ワクチン接種率80%で行動制限を撤廃した場合、第5波相当の感染が起こる可能性が示唆される。完全な行動制限撤廃のためには85%以上の接種率が求められるという結果となった。

本プロジェクトの体制
本プロジェクトの体制

図1:行動制限を撤廃した場合(ワクチン接種率:70%, 75%, 80%, 85%)の東京の新規感染者数のシミュレーション(創価大学畝見教授による分析)3
関連研究:RQ4,: “第4回緊急事態宣言解除およびその後のシナリオ”,(https://www.covid19-ai.jp/ja-jp/presentation/2021_rq3_countermeasures_simulation/articles/article140/)

85%以上のワクチン接種率が求められることは重症者数の抑制においても同様の効果が得られると想定されており、本AI・シミュレーションプロジェクトで扱っている他のモデルにおいても同様の結果が得られている。

2 例えば、最新の研究には、以下の論文などがある。Gold berg, Y. et al., Waning Immunity after the BNT162b2 Vaccine in Israel, New England Journal of Medicine, October 27, 2021 DOI: 10.1056/NEJMoa2114228

3 ここでは、ワクチンの感染予防効果は、二回目接種の214日後に消失という仮定をおいているが、実際に「消失」というレベルまでの効果の減弱が起きるかは現時点では不明である点は、留意しておく必要がある。ただしこのシミュレーションの時間軸では、おおよそ半減するレベルであり、効果が消失する領域は扱っていない。第三章で議論するが、感染予防効果の減弱に関しては、複数の異なった報告がなされていることにも注意が必要である。

2 中長期的な感染者推移から見たワクチン接種率

  • ワクチンの最終接種率が75%または80%の場合では、今後5年間大きな増減の波を繰り返す可能性がある
  • 再拡大を中長期的に防ぐためには、85%以上の接種率が求められる

年末に向けた人流増加を見据えると再拡大防止のためには、総人口に対し85%の接種率が求められる。加えて、今後中長期的な日常生活の回復を検討するためには3か月後の感染状況だけではなく数年後まで見据えた戦略の検討が求められる。 図2は、ワクチン最終接種率、ワクチン接種予防効果、基本再生産数について、ベースシナリオ(黒)、楽観(青)、悲観(赤)のパターンを設定し分析を行った。(図表下にパラメタ値詳細を記載、詳細はリンク先の個別報告を参照されたい。)

この分析結果からは、75, 80%のワクチン接種率では、5年間にわたり大きな増減が繰り返されることが示唆されている一方、85%であれば長期的に新規感染者数を抑えられることが示唆されている。

本プロジェクトの体制
本プロジェクトの体制

図2:今後5年間の東京新規感染者数:ベースシナリオ(黒)、楽観(青)、悲観(赤)(東京大学仲田准教授による分析)
関連研究:RQ4,: “ワクチン接種完了後の世界:コロナ感染と経済の長期見通し #2”,(https://www.covid19-ai.jp/ja-jp/presentation/2021_rq3_countermeasures_simulation/articles/article147/)

実際、シンガポールは、80%を超えるワクチン接種率にもかかわらず、行動制限の緩和で感染者、重症者が急増していることからも80%では不十分であることが想定される。シンガポールの場合、感染を極めて低いレベルで押さえ込んでいたこともあり、感染による免疫保有者は極めて少なく、免疫を有している人は、基本的にワクチン接種した人と想定できる。

また、大きな感染拡大に襲われた欧州において、ポルトガルは、最近ワクチン接種が全人口の85%に到達したが、1000万人の人口で、毎日の陽性者数が1000名、死者数名となり、現在のところ安定的に推移している。しかし、これは、日本の人口で換算すると、毎日の陽性者数が1万人、死者が数十人という水準である。スペインは、ワクチン接種率が80%に到達し、陽性者数3000名、死亡者20−30名程度を維持している。欧州などでは、ワクチンのみならず、感染による免疫獲得をしたものが相当数に上ることも計算に入れる必要がある。また、ワクチン接種率が、85%となっていても、一様に、85%の接種率にならないのが現実であり、未接種の人が多い地域やグループがあれは、そこで感染は拡大する。

我々のシミュレーション結果やこれらの国の事例から、大幅な行動制限の解除を行なった上で、感染者数や重症者数を一定レベルに維持するためには、総人口に対して少なくとも85%以上の最終接種率が必要であると考えられる。新型コロナウイルスで、現在、主流となっているデルタ株の基本再生産数は、水痘と同等という報道4もあったが、風疹と同等5、または暫定的には5程度6と推定するのが妥当と思われる。基本再生産数が、5−7とされる風疹では、国内の抗体保有率は、18歳以上の女性では約95%であるが、男性では約80%であり、その結果、流行が繰り返されている7。これらから考えると、集団免疫を形成するには極めて高い抗体保持率を達成・維持することが必要であることがわかる。

重症化抑止に関しては、ワクチン以外にも抗体カクテルや今後承認が予想される飲み薬があるがその供給量の制限などから、ここでのシミュレーションでは考慮していない。ワクチンの重症化予防効果が90%程度、抗体カクテルで70%、飲み薬は、メルク社のモルヌラビルで50%程度8、ファイザー社のパクスロビドで90%程度9とされており、抗体カクテルや飲み薬の供給・処方体制が確立した場合の条件を、今後のモデルのパラメタとして組み込む必要がある。特に、この冬から来春にかけての承認・供給体制は明確ではなく、当面のシミュレーションに組み込むことは適切とは言えない。

しかし、総人口比で、80%程度の接種率は見込むことができる日本においては、さらに数%の接種を行う工夫と同時に、これらの治療薬・予防薬も含めた医療パイプラインの構築が必須であり、その構築のためのシミュレーションとして、総合的な予防・治療パイプラインを前提としたシミュレーションは今後の課題である。

4 CDC warns that delta variant is as contagious as chickenpox and may make people sicker than original Covid
(https://www.cnbc.com/2021/07/30/delta-cdc-warns-variant-is-as-contagious-as-chickenpox-may-make-people-sicker.html)

5 https://www.npr.org/sections/goatsandsoda/2021/08/11/1026190062/covid-delta-variant-transmission-cdc-chickenpox

6 Ying Liu, Joacim Rocklöv, The reproductive number of the Delta variant of SARS-CoV-2 is far higher compared to the ancestral SARS-CoV-2 virus, Journal of Travel Medicine, Volume 28, Issue 7, October 2021, taab124,https://doi.org/10.1093/jtm/taab124

7 国立感染症研究所 感染症情報センター「風疹の現状と今後の風疹対策について」http://idsc.nih.go.jp/disease/rubella/rubella.html

8 MERCK AND RIDGEBACK’S INVESTIGATIONAL ORAL ANTIVIRAL MOLNUPIRAVIR REDUCED THE RISK OF HOSPITALIZATION OR DEATH BY APPROXIMATELY 50 PERCENT COMPARED TO PLACEBO FOR PATIENTS WITH MILD OR MODERATE COVID-19 IN POSITIVE INTERIM ANALYSIS OF PHASE 3 STUDY>=
(https://www.merck.com/news/merck-and-ridgebacks-investigational-oral-antiviral-molnupiravir-reduced-the-risk-of-hospitalization-or-death-by-approximately-50-percent-compared-to-placebo-for-patients-with-mild-or-moderat/)

9 PFIZER’S NOVEL COVID-19 ORAL ANTIVIRAL TREATMENT CANDIDATE REDUCED RISK OF HOSPITALIZATION OR DEATH BY 89% IN INTERIM ANALYSIS OF PHASE 2/3 EPIC-HR STUDY
(https://www.pfizer.com/news/press-release/press-release-detail/pfizers-novel-covid-19-oral-antiviral-treatment-candidate)

3 抗体減弱に応じたブースター接種の時期

  • シミュレーションからは、ブースター接種のタイミングによっては、ワクチン・検査パッケージ導入でも感染拡大が起きうることが示唆される。
  • ブースター接種については、二回目に得た免疫が減弱し感染可能となった状態を医師が判断しタイミングを見極めることが最も効果が高いという分析結果

総人口に対する接種率を少なくとも85%以上にすることが、直近および中長期的に再拡大防止のために必要であるが、その効果を維持するためにはワクチン効果の経時的な減弱をふまえたブースター接種についても検討が必要である。

この点については、目下実施時期について議論がなされているワクチン・検査パッケージによる補完策も併せて検討されているところであるが、それは、あくまでワクチンによる抗体を保持した方が一定程度いることが前提となっている施策であるため、経時的な抗体減弱に対抗するブースター接種施策の時期の見極めが重要である。

イスラエルの研究では、ワクチン接種後五ヶ月後から感染、重症化リスクの上昇が見られる10(図3)。この結果から、ブースター接種は、二回目接種後から5ヶ月を目安として、可能であれば、個人ごとのIgG抗体価などを測定し接種時期を医師が判断することが望ましい。

本プロジェクトの体制

図3:イスラエルにおけるワクチン接種後の効果減弱のデータ (Goldberg, et al, Waning Immunity after the BNT162b2 Vaccine in Israel, New England Journal of Medicine, October 27, 2021)

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図4は、180日後から全世代にブースター接種を行なった場合のシミュレーションである。図4の上が、ブースター接種を行わない場合で、下が180日経過の人からブースター接種を行なった場合である。陽性者数、重症者数ともに大きく削減されているが、特に、重症化数の削減が顕著である。

本プロジェクトの体制
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図4:人流が増加時のブースター接種の効果(筑波大学倉橋教授による分析)
関連研究:RQ4,: “宣言解除日・人流増加・ワクチン効果・ブースター接種・接種率・接種証明制限効果の推定(東京都)”,
https://www.covid19-ai.jp/ja-jp/presentation/2021_rq3_countermeasures_simulation/articles/article142/

図5は、ワクチン・検査パッケージを導入した条件下においてブースター接種のタイミングによる東京の新規感染者数の推移を分析したものである。この分析結果からはワクチン接種歴確認(ワクチンパスポート)による非所持者の対人接触が5割減る状況下でも、ブースター接種が二回目から6, 8ヶ月の場合再拡大が起きうることが示唆される。これは、接種後の免疫状態が個人ごとに違うと想定した場合、一律のブースター接種では、早期に減弱した人の感染リスクが高まるからである。一方、抗体減弱を医師が判断しブースター接種を行う場合には感染拡大が抑えられるという分析結果となっている。

本プロジェクトの体制
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図5:ワクチン接種歴確認(図中ワクチンパスポート)導入シナリオ別の東京都新規感染者数(東京大学大澤教授による分析)
関連研究:RQ4,: “緊急事態宣言、ブースター接種、および ワクチンパスポートの効果について”,
https://www.covid19-ai.jp/ja-jp/presentation/2021_rq3_countermeasures_simulation/articles/article143/

ワクチン接種後の免疫状態に大きな個人差があることもわかってきている。同時に、免疫の減弱に関しても、複数の報告が挙げられている。先出のイスラエルの研究以外にも、米国の研究11では、ワクチンによる感染予防効果は、二回目接種後4ヶ月までに50%まで減弱するとされている。カナダの研究では、減弱はするものの五ヶ月後までは、90%程度の感染防御効果が維持されているが、6ヶ月後には75%まで減弱している12。しかし、一貫しているのは、2回目接種から6ヶ月程度で、ワクチンの効果が大きく減弱しているという結果である。

一方で、一回目と二回目の接種間隔は、長い方がより強力な免疫が誘導できるという研究も発表されており、これが2回目と3回目の間隔にも当てはまるとすると、一定の免疫が誘導されている人は、長めの接種間隔を選択するということもありえる13

今回、出口戦略に不可欠なワクチン接種について、その接種率およびブースター接種についてこれまでの分析結果から得られた知見を示した。一方ワクチン接種は年齢制限等様々な理由から接種率を引き上げることが困難な側面もある。また、我々のシムレーションからは、ブースター接種後も、ワクチン接種・検査パッケージ、基本的感染予防対策は当面の間継続する必要があると示唆している。したがってワクチン接種のみではなく、ワクチン接種記録・検査パッケージ、予防・治療薬の供給・処方体制の確立などとの複合的な対策が必要となる。

ワクチン接種記録・検査パッケージについては「出口戦略へ②」で記載する。

10 Gold berg, Y. et al., Waning Immunity after the BNT162b2 Vaccine in Israel, New England Journal of Medicine, October 27, 2021 DOI: 10.1056/NEJMoa2114228

11 Tartof, S., et al., Effectiveness of mRNA BNT162b2 COVID-19 vaccine up to 6 months in a large integrated health system in the USA: a retrospective cohort study, Lancet, 398: 1407-16, 2021 (この報告の研究期間中にデルタ株の割合が増えていることはデータを見る上での留意事項である)

12 Skowronski, D., et al., Two-dose SRAS-CoV-2 vaccine effectiveness with mixed schedules and extended dosing intervals: test-negative design studies from British Columbia and Quebec, Canada, medRxiv 2021(https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.10.26.21265397v1.full.pdf)

13 Payne, R. et al., Sustained T Cell Immunity, Protection and Boosting Using Extended Dosing Intervals of BNT162b2 mRNA Vaccine, Cell, 184: 5699, 2022.

※本記事でご紹介したシミュレーションは当該時点で想定されうるシナリオにおいて取れうる対策の効果を多様なモデルで検討することを目的とするものであり、感染者数等を当てることを目的としたものでありません。