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出口戦略へ② 実効人流とワクチン接種歴確認

以下の記事は第5波の収束後にそれまでに得られた分析をふまえ、中長期的な感染抑制を見据えた出口戦略として分析結果をまとめたものです。以下では特にワクチン接種以外の方策についての当時の見解が示されています。

はじめに

現在、国内では第5波が収束し、感染状況は比較的落ち着いている。一方で、中長期的に経済活動を回復させ、感染再拡大を防ぐ方策の検討が引き続き求められるところである。

特に、市中の人流増加が見込まれる状況下での感染拡大の未然防止策は不可欠であり、その方策や対策規模、対策の実施時期についての検討が求められている。

AI・シミュレーションプロジェクトでは、多角的な観点から検討を行うため、複数研究者が様々な手法やモデルを用いて、類似の前提を置いたシナリオに対し、分析を行っている。

※なお、本件は研究者による試算結果やシミュレーション結果であり、国としての公式見解ではありません

1 今後、小児に対する接種は、承認される方向であると考えられる。「ファイザー社とビオンテック社は、日本において5〜11歳の小児に対するCOVID-19ワクチンの製造販売承認を申請」
https://www.pfizer.co.jp/pfizer/company/press/2021/2021_11_10.html

2 Gold berg, Y. et al., Waning Immunity after the BNT162b2 Vaccine in Israel, New England Journal of Medicine, October 27, 2021 DOI: 10.1056/NEJMoa2114228

1 第5波急減のカギを握る実効人流

  • 諸外国におけるロックダウンなど、感染抑制のための施策として行動制限による人流の抑制が試みられてきた。一方、経済活動の再開には人流の増加は不可避である。
  • 従来の指標として用いられてきた人流の抑制ではなく、「実効人流」の動向を確認し、必要な対策をとることが求められる。

なぜ、人流はさほど減っていないのに、第5波の感染は急速に収まったのか。パラドックスのように語られる問いに対する答の候補として「実効人流」という考え方がある。

過去の感染拡大(第3波、第4波、第5波)では、人流増加に伴ってその後実効再生産数が上昇する現象が確認できる。一方、ワクチン接種率が高まった第5波の後半(9月以降)には異なる傾向が見られ、人流は増加傾向にあったものの実効再生産数は増加しなかった。これは、人流のうちワクチンによるIgG抗体を持つ人が占める割合が増えた一方、医療体制の逼迫の報道などを受け、抗体を持たない人が感染リスクの高い行動をとるという側面での人流自体が効果的に抑えられていたことが主要因と考えられる。

ここで「人流」と言った時になにを指し示しているかを整理しておくことは大切である。例えば、朝から夕方までの主要駅での人流は、通勤など事業活動に伴い発生する人流(ここでは「通勤人流」と呼ぶ)であり、これは、週末や大型連休(年末年始、お盆休み、GWなど)をのぞいてはテレワークなどが劇的に拡大しない限り低下しない。しかし、実際のデータを見ると、2020年後半と比較して2021年は、通勤人流が一様にある程度減少していることがわかる。例えば品川駅では、2020年後半は、コロナ前に対して50%減であったが、2021年はおおよそ60%減であり、2020年後半に対しては20%程度の減少となっている。また、蔓延防止から緊急事態宣言への移行時は、10−20%程度の減少が観察されている。

一方、夜間の繁華街での人流(ここでは「夜間人流」と呼ぶ)は、会食、カラオケ、風営法対象施設への出入りとの相関などが想定され、ハイリスク行動をともなう可能性が高い人流である。ただし、何がハイリスクな行動や場所かは、感染性が強まったデルタ株とそれ以前の変異株では、同一ではないことは留意する必要がある。

第五波に対する緊急事態宣言後には、夜間人流は徐々に減少し、緊急事態宣言前の2−3割減、コロナ前の7割減程度まで減少した。第五波以前では緊急事態宣言が発効する前後に急激かつ大幅な人流の減少が見られたが、第五波に関しては、緊急事態宣言後には急な減少は見られず、8月中頃のお盆休みにかかて徐々に減っていく展開となった。

本プロジェクトの体制
本プロジェクトの体制

図1:行動制限を撤廃した場合(ワクチン接種率:70%, 75%, 80%, 85%)の東京の新規感染者数のシミュレーション(創価大学畝見教授による分析)3
関連研究:RQ4,: “第4回緊急事態宣言解除およびその後のシナリオ”,(https://www.covid19-ai.jp/ja-jp/presentation/2021_rq3_countermeasures_simulation/articles/article140/)

2020年後半と2021年の減少、蔓延防止から緊急事態宣言への移行時には、通勤人流と同様な変化が見られ、その減少幅は通勤人流より少し大きい傾向であることが見て取れる。これは、時間帯別の滞留人口データを見るとより明らかである(図2)。例えば、12時から18時までの昼間人口の変化に対して、18−20時の変化を見ると、2020年の後半には、ほぼ同等の滞留人口数であったが、2021年には、18−20時の滞留人口の減少幅が大きいことがわかる。これは、特に、緊急事態宣言期間中に顕著である。

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図2:時間帯別東京都内主要繁華街滞留人口(厚生労働省アドバイザリーボード資料より
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000847823.pdf

これらの人流の変化と感染拡大・減少との関係を解析したのが図3である。この分析では、第3波、第4波、第5波での駅での人流変化と実行再生産数の相関を可視化している。これからは第3波、第4波の拡大局面では、人流と実効再生産数は一定の相関が見られる。しかし、減少局面では、人流と実効再生産数は逆相関となっている。これは、感染の減少を見届けつつ、人流が戻ってきているためと考えられる。人流と感染拡大の関連を分析するにあたって、拡大局面と収束局面を区別せずに解析すると、このような相関傾向を見出せない可能性がある。

「人流」と感染状況の関連を分析するには、拡大期か収束期かの区別、昼間人口か夜間の繁華街人口かなどきめ細かい分析が必須である。感染は、ランダムに起きるわけではなく、ハイリスク行動をとった場合に、感染リスクが高くなるのである。よって、単純にどのくらい人が動いているかではなく、ハイリスク行動をとる場所や時間帯にどのくらいの人が動いているかを見極めることが重要である。さらに、我々は、近畿圏においては、キタとミナミさらには主要駅の人流と感染拡大が強く相関するが、東京においては、この相関が比較的弱いことも把握している。これは、東京においては、他の地域より感染リスクのある場所がより多様化・分散している可能性を疑わせるものである。また、感染クラスターの多発する事例も、飲食や病院、高齢者施設などが主流であった時期から、ワクチン接種を受けていない年齢層の小児や学生の集まる場所(保育園や学校)などへの変化も見られている。つまり、人流の質的な側面を見極めることが重要である。

さて、収束期における人流の増大であるが従来であれば、この人流が次の感染拡大につながると考えられており、実際に次の感染拡大へとつながってきていた。第五波においても、第4波収束局面からの人流拡大を受けた感染拡大期においては、主要駅における人流と実行再生産数の相関が見られるが、オリピック開催期間においては、人流の増減と相関しない実効再生産数の増大が観察された。これは、この期間において特異的に行動の質が変化した結果と考えられる。

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図3:東京都の人流と実効再生産数の関係(名古屋工業大学平田教授による分析)
関連研究:RQ4,: “人流および季節性を考慮した感染者数・重傷者など予測システムの開発”,
https://www.covid19-ai.jp//ja-jp/presentation/2021_rq3_countermeasures_simulation/articles/article144/

また、7月以降は、65歳以下の現役世代への接種が開始され、外出している人の中で、ワクチン未接種などの理由で感染リスクの高い状態の人の割合が急速に減ってきた。感染が拡大するためには、感染可能な人の存在が必要であり、そのような人々の人流を「実効人流」と呼ぶこととする。ワクチン接種後でIgGレベルが高く感染防御効果が維持されている状態の人が増えており、人流の質が大きく変わっていることから「実効人流」(感染リスクのある人からなる人流)に着目していく必要がある。つまり、感染リスクの高い場所に、感染可能な人が存在することが実効人流である。

日本では、現役世代への接種は、7月初めから本格化し、ピーク時に1日に170万接種という世界最速の接種スピードであった。これらの効果を考えると、ハイリスクな、夜間人流の実効値(夜間実効人流)は、第一回目の緊急事態宣言下での減少とほぼ同等の減少があったと考えられる(図4)。つまり、第五の減少局面で、「人流は減っていないのに、感染が減少している」という観察は、表層的である、感染に強く関連すると思われる夜間実効人流は劇的に減少していたと考えられる3

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図4: ワクチン接種の影響を加味した実効人流の変化(厚生労働省アドバイザリーボード)
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000847823.pdf

3 お盆休みでの人流低下とワクチン接種二回目接種完了者の増加のタイミングが重なったのも幸運であったと考えられる。

2 ワクチン接種歴確認導入による効果

  • イギリス、シンガポールのワクチン接種歴確認導入事例をみると、人流の質の変化による実効再生産数の低減が確認できる。

「実効人流」をコントロールする手段の一つとして、諸外国ではワクチン接種歴確認の導入が進められている。先行してワクチン接種歴確認を導入したイギリス、シンガポールでは、ワクチン接種歴確認により人流全体の量は維持しつつ、実効再生産を減少させている現象が導入後の状況から確認できる。

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図5:ロンドンにおけるワクチン接種歴確認導入前後の実効再生産数(名古屋工業大学平田教授による分析)
関連研究:RQ4,: “年代別ワクチン優先接種の効果推定”,
(https://www.covid19-ai.jp//ja-jp/presentation/2021_rq3_countermeasures_simulation/articles/article144/)

ロンドンの例(図5)では感染拡大の起点となりうる旅行やバーなどへのワクチン接種歴確認の導入により人流を維持したまま、実効再生産数が1以下に抑えられていた。この傾向はシンガポールでも見られ、その有効性が認められる。  このように、人流の質の変化を促しうるワクチン接種歴確認は、様々な理由からワクチン接種ができない方、ワクチン接種後も十分な効果が得られない方、さらには時間の経過と共にワクチンの効果が減弱していく状況で、経済活動を回復させながら感染拡大を抑止する補完策として有効と考えられる。

3 ワクチン・検査パッケージ導入による感染抑制の可能性

日本においても2021年10月から、ワクチン接種歴または検査のいずれかを確認することで、感染対策のための制限の緩和措置を認めるワクチン・検査パッケージ等を活用した技術実証が開始された。ワクチン・検査パッケージの導入は、我々の生活をどのように変える可能性があるのだろうか。

感染拡大の側面からは、ワクチンを接種した後においても、完全な感染防御ができるわけではない。現在、日本で主に使用されているファイザー+BioNTech社並びにモデルナ社のワクチンでは、二回目接種の2週間後から3ヶ月程度は、90%以上の非常に高い感染防御効果が維持されるが、その後は、低下してくることが明らかになってきた。そのため、単にワクチン接種の確認のみではなく、ワクチン接種確認と同時に検査を行うべきであるという考えもある。

ここで感染拡大を軸に議論するのは、主に、ワクチンを打てない人々、打っても十分な免疫は確立しなかった人々、ワクチンの効果が減弱した人々を守るためである。ワクチンを接種して、十分な免疫を確立した人々は、感染後の発症と重症化は効果的に抑止されると想定できるが、ワクチンを打てない人々やワクチンを打ったにもかかわらず十分な免疫が確立できなかった人々4を守るには感染自体を抑制する必要がある。また、ブレークスルー感染と呼ばれる、ワクチン接種の結果、免疫が確立した人々が感染した場合、特にワクチン効果が減弱し始めた段階での重症化率、後遺症に関しては、今後の調査を待つ必要がある。このような状況から、当面の間は、単に重症化数の抑制を目指すのではなく、感染者数の制御も行なっていく必要がある。

以下の分析(図6)は、感染者数が増加しても緊急事態宣言が発令されないと想定し、コロナ前と去年の人出の中間程度まで人流が戻った場合を想定したシミュレーション(デルタ株を想定)である。ワクチン・検査パッケージを導入しない場合(未接種者の0%の外出自粛を仮定)には、最終的な接種率が90%でも感染の急増が起こってしまう可能性が指摘されている。一方で、ワクチン・検査パッケージ導入率(11月から実施)が50%(未接種者の50%は外出を自粛する)の場合は感染を沈静化することができるとのシミュレーション結果が得られている。

本プロジェクトの体制
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図6:東京:未接種者自粛率0%(上)、50%(下)の場合の東京都新規感染者数(慶應義塾大学栗原教授による分析)
関連研究:RQ4,: ” SNSと報道データに基づく人の行動モデルの提案と感染シミュレーション”,
(https://www.covid19-ai.jp//ja-jp/presentation/2021_rq3_countermeasures_simulation/articles/article169/)

また、ワクチン接種率80%を上限として10/1に緊急事態宣言を解除した場合のシミュレーション結果でもその有効性が示されている。本シミュレーションでは、解除後繁華街の19時時点の滞留人口が25%増加することを想定し、ワクチン・検査パッケージを実施した場合の効果を分析したものである。年末年始の人流増加を鑑みれば、1月に再び感染ピークが起こりうると懸念されるが、ワクチン・検査パッケージの導入によりピークを半分程度に抑えることが可能と推定される。

本プロジェクトの体制
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図7:ブースター接種(図中:ブースターショット)、ワクチン・検査パッケージ(図中:証明)の効果分析(筑波大学倉橋教授による分析)
関連研究:RQ4,: “宣言解除日・人流増加・ワクチン効果・ブースター接種・接種率・接種証明制限 効果の推定(東京都)”,
https://www.covid19-ai.jp//ja-jp/presentation/2021_rq3_countermeasures_simulation/articles/article142/

本記事では、感染に影響を与える「人流」のとらえ方とその対策について、シミュレーションを用いて考察を行った。経済の回復と感染抑制のために、「実効人流」と人流の質をコントロールするためのワクチン・検査パッケージの可能性について考察を加えた。

より精密なシミュレーションには、ワクチン接種後の期間に依存する感染防御効果の減弱、検査手法による偽陰性の確率などの要素を導入する必要があり、今後の課題である。

同時に、ワクチン接種証明の有効期限に関して、科学的・医学的データの蓄積とともに検討の必要がある。例えば、シンガポールでは、二回目接種の14日後から1年間を有効としているが、データの蓄積ともに見直すとされている5。COVID-19に関する我々の知識は依然限定的であり、新たなデータの蓄積とともに、対応する政策の機動的修正が必要となる。

4 国内においても、千葉大学の研究などで、ファイザー+BioNTech社のワクチン接種後にも十分な抗体産生が確認されない人の存在が確認されている。特に、免疫抑制剤を利用している人にこのようなリスクが存在する。Kageyama, T., et al., Antibody responses to BNT162b2 mRNA COVID-19 vaccine and their predictors among healthcare workers in a tertiary referral hospital in Japan, Clinical Microbiology and Infection, August, 2021

5  Forum: Timeframe for ‘fully vaccinated’ status to be reviewed as more data becomes available, The Straits Times, 12 Nov. 2021
(https://www.straitstimes.com/opinion/forum/forum-timeframe-for-fully-vaccinated-status-to-be-reviewed-as-more-data-becomes)

※本記事でご紹介したシミュレーションは当該時点で想定されうるシナリオにおいて取れうる対策の効果を多様なモデルで検討することを目的とするものであり、感染者数等を当てることを目的としたものでありません。